日々のコト

やりたいことをやろう

秋の昇段試験も終わりほっと一息ついて通常運転になったかと思えば、週末から子どもが熱を出していて私も一緒に寝不足気味。気づけば11月最終週、11月も終わり12月になっていました~。

今日は日頃子どもに話していて、自分はどうだろうと思ったことを書いてみます。

子どもにはよく、「やりたいことは何でもやってみたらいいよ。やってみないと分からないんだから」と言っている私。

本当にそう思っているのですが、これが自分のこととなると「〇〇したいけど〇〇が~」とか「〇〇したらどう思われるだろう」とか、大人になって、特に結婚して子どもができてからはそんな理由をいろいろと外側に勝手に作ってしまっていたなあと。

これって何でだろう。独身時代は確かにもっと身軽だった気がするけど、だからと言って家族がいることができない理由では本当はないと思っていて。

多分、勝手に理想の母親像を演じている可能性があるような気がします・・・(笑)すごくあやふやな言い方ですが。

母親像って、だいたいが一番よく見てきた自分の母親な訳で。母は仕事もしながら家のことや私たち子どものためにもいろんなことをしてくれていたし、日々バタバタと過ぎていく中で自分の好きなことをする時間はあったのだろうか。昔の母を思い出しながらそう思います。

そんな母親が私のイメージする母親像。だから私も無意識にそこに近づこうと思っているのかも知れません。

今でも母は私のことを気にかけてくれて、孫のことも大事にしてくれています。いつまで経っても子どもは子どもという感じなんでしょうか。

だったら、母も今の私が自分の子どもに思っているように、今でも私に「やりたいことをやったらいいよ」と思ってくれているだろう?し、子どもも私に「お母さんは楽しめているのだろうか」と思われている可能性もある・・・。この負の?連鎖は起きてはいけない気がします。

何だかこんがらがってきましたが(笑)、要は、私はやりたいことをやったらいいということなのかと、そんな風に落ち着きました。

やりたいこと、頭で考え始めると初めに書いたように、「でも~」とか、「だって~」とかできない理由が出てきそうなので、小さいことからでもやりたいことを試してみるといいなと思います。

やりたいことを我慢して、周りの人や環境に自分の気持ちを合わせてしまったりということを続けていると、何が自分のやりたいことなのか自分の気持ちまで見えなくなってきそうですね。

あれこれ考え過ぎて動けなくなるより、まずはやってみる。やりたいことをやらなかった後悔はやりたいことをやっての後悔より大きい気がします。というか、やりたいことができたなら後悔という考えすら湧いてこないのでは・・・。

自分一人の思考はあてにならないなと、最近つくづく感じるようになりました。これまで自分が得てきた知識や経験からの思考ですから、その中でしか考えられてない訳で。それがいい方へ働くこともあれば逆の時もあって。

でも何か新しいことをしようと思ったら、何も知らない方が逆に不安は少なく動けるだろうなと私の場合は思ったり。知らないから怖いより、知ってるから怖い・・・って何か変な感じですけど。

考えるより動いてみて、動きながら考えたらいいんですよね。

今年もあとひと月。最近字のことを書けていませんが、変わらず試験対策や日々の練習に励んでいます。あとは今年始めた編み物も楽しすぎて、今はセーターを編みながら他に作りたいものを妄想して楽しんでいる日々です。

それでは今日もよい一日を。